セーブポイントというものが好きです。
最近はオートセーブが当たり前なので最後まで手動セーブをせずにゲームを終えることもしばしばですが、ゲーム世界観にあった手動セーブポイントがあると嬉しいですよね。手動セーブがメニュー画面だけだと味気ないものです。まあ、実際にプレイするときは面倒なのでメニューからとかクイックセーブで済ますんですけど。
NieR Replicantでは郵便ポスト、龍が如くでは公衆電話、バイオハザードではタイプライターなどですね。
そして、ゲームに限らず、人生にもセーブポイントと呼べるものがあると思います。
まあ、人生はセーブスロットが1つしかない今どき不親切ゲームなので、セーブ本来の記録という意味よりかは「一区切り」みたいな意味合いですね。
ハンチョウでは花見が人生のセーブポイントと語られていました。だとすれば僕は今までノーセーブです。まあよく「あと何回、桜をみられるかな」という表現が余生の象徴として語られるので、花見というものが一つの区切りとして刻まれているんでしょうね。
一年の区切りとしての桜もありますが、ほかにも生活の中で「これが自分にとっての区切りだな」みたいなものがあると思います。例えばMr.childrenの『足音~Be Strong』的には、新しい靴がセーブアイテムです。
自分にとって、セーブポイントってなんでしょうか?毎日のセーブポイントでは風呂とか睡眠になっちゃうと思うので、もう少し幅を広く考えてみましょう。
まず思いつくのは映画ですね。自分は映画館で2時間ずっと作品に集中しているかというとそんなことはなく、基本的には考え事をしていることのほうが多いです。作品内のキャラクターの人生と自分の人生を比べて、共感したり自分を情けなく思ったりするほか、普通に映画見ている間「帰ったらあの課題やらなきゃなあ」みたいなことを考えることもしばしばです。そういう意味で、起きている間はスマホを片手に見たくもないYouTube Shortsを見ている人生のなかで自分と向き合える映画はセーブポイントといえるかもしれません。でも「映画館がセーブポイントのゲーム」、気色悪すぎる。藤本タツキに影響受けすぎでしょ。あと、自分と向き合うという効能なら自慰行為のほうがよっぽど適正高いです。
あとは献血もありですね。DEATH STRANDINGではセーブポイント的な場所で採血されるのでファンの自分的にはうれしいです。ただ、献血をゲームに例えるとセーブポイントというよりはデイリーボーナス的な立ち位置ですね。自分も献血をボランティア精神でやってるわけではないのでなおさらです。最近いけてないし。
そこで、もっと先述のミスチル的なたとえから考えてみると、ちょうどいいものがありました。
眼鏡屋さんの前にある超音波洗浄機です。
街を歩いていて、眼鏡屋(メガネドラッグにありがち)の前を通って、超音波洗浄機が置いてあると「せっかくだしやっていこうかな」という感じで眼鏡をキレイキレイします。
この「せっかく見つけたしやっていこうかな」という感覚が、古めのRPGでセーブポイントを見つけたときの感覚にかなり近いと思います。
あとこの超音波洗浄機、眼鏡を付けている人にしかわからないと思うんですがめちゃくちゃきれいになるんですよ。ちょっと度を強くしたんじゃないかってくらいよく見えるようになります。
ミスチルが「新しい靴を履いた日は、それだけで世界が違って見えた」と歌っているように、僕的には「超音波洗浄機で眼鏡を洗った日は、それだけで視力が上がって見えた」って感じです。
というわけで、皆さんも野生の眼鏡洗浄機を見かけたらセーブしておきましょう。直後にイベントがあっても安心です。
次回 未定。