メンヘラ日記

ファッションメンヘラ

第四百二十一話 何者

時折、自分が何者にもなれないことに対してどうしようもない焦りや虚無感に襲われることがある。

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「ネットで誰でも有名人になるチャンスが!」と騒がれる現代、その環境にいながら何にもなれない自分はなんとつまらないのかと焦る。

去年映画を見まくったところから、今年は演劇にも手を出すようになり、今までスクリーンの向こう側だった人が目の前にいるという実感を得るようになったことで、そこに人間性を見出してしまい向こう側の人間へのあこがれというものがわいてしまったのだ。さんざん話題に上るスタァライトもトップスタァを目指した成長物語なのもこれに拍車をかけていると思う。

 

しかし、自分のこれは美しきあこがれや尊い夢ではなく、就活だとか将来だとかを否が応でも耳にするようになって将来への不安や就活のめんどくささから目を背けることに、あこがれという嘘で蓋をしているだけなのだ。読んだこともないけどサムネ用に貼った朝井リョウの小説も就活の話らしくてつらくなっちゃった。

 

そもそも、動き出せていない時点でそれは夢でも何でもないただの妄想でしかない。本当に夢ならばもう動き出して、辛くとも頑張っているはずなのだ。その証拠に、先月は脚本家にあこがれてプロットだけ書いて飽き、今月は俳優にあこがれて東俳のオーディション要綱だけ見て「ほーん」と思うだけみたいな生活を送っている。同じようなもので、オモコロを運営するバーグハンバーグバーグの求人ページを見て「君みたいなつまらない人はいりません」と門前払いされた気持ちになったことがある人は僕の仲間だと思う。

自分はどうしようもない現実からの逃避をしているだけなのだ。

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自分の人生はまだまだだと思いたいがために。

 

こういう世迷言に対する自分の答えはamazarashiの『ジュブナイル』の歌詞だ。

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これは、才能なくとも突っ走る若人のまぶしさみたいなポジティブな意味も含んでいるが、そもそも突っ走っていない自分には「地に足つけろ」という意味に聞こえて萎えるので粛々と生きようと思える。

全く残念なことに、自分はこんなにバカなのに、多分勉強(というか学歴)が世間一般から見たら一番マシなステータスであり、まじめに生きて頑張って日銭を稼いで、たまに観劇にいって推しに夢を託してお金を落とすことが最善なんだと思う。

 

もっとも、その堅実だがつまらない道すら、自分の前には見えないのだが。

 

次回 未定。